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2009年3月16日より
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 どこかから潮騒が聞こえる。
 遠くに、海があるのかもしれない。
 彼女に向ってそう言ってみると、
「うん。貝殻を耳に当てた時の、あの音だね」
 という呟きが返った。
 



 二人で背中合わせに過ごす時が多かった。
 マンションの屋上。
 高台にある公園。
 暮れていく街を見るときに感じる焦燥について語ったとき、「私もだよ」と彼女が応じた。
 街は夕暮れの赤で包まれている。
 遠くに小さな人影を見た時のあのずきりとした胸の痛みはなんだったのだろう。
 隣には、いつも彼女がいた。
 


「はじめは、海しかなかったんだよね」
 彼女は、そう呟いた。屋上のフェンスから身を乗り出して、はるか遠くを眺めているように見えた。
「海は、全ての生命の源だから」
 そう言うと彼女は「うん」と頷いて、でも不思議だ、という言葉を漏らした。
「何が?」
「ここに、この世界に海があったってことが、かな」
 よくわからない、と彼女に言うと、「本当は私もよくわかってないのかも」と頼りなさそうに首をかしげた。
 夕風に彼女の髪の毛がふわりと揺れた。
 すこし、潮の匂いが混ざってるのかもしれない、と彼は思う。
 すべての始まりの、海の匂いが。
「それでもときどき、ここにいるのがどうして私なんだろう、って思ったりもするんだ」
 不思議だよ、と彼女は言った。
 私たちは、どこから生まれて、どこへと帰っていくのだろうか。
 何のために生きて、何のために死ぬのだろうか、と。
「その気持ちなら少し、わかる気がする」
 彼がそう言い、頷くと、彼女はそっと目を合わして、微笑みをかけた。
 


 寄り添いあったまま生きて、いったい何年の月日が経っただろうか。
 本当は二百年も三百年も生きていないことを分かってはいるが、感覚的には気の遠くなるような年月をずっと歩き続けているような気もしている。
「長いよね」と彼女も言った。このままずっとなんだよね、という呟きを聞いた時に、また、あの痛みが胸を襲った。
 
 

「海に行こうよ」と言い出したのは彼女だった。
 どうして、と尋ねた彼に「この目でちゃんと見てみたいんだ」と答えた彼女はとても真剣な瞳をしていた。目をそらすことができないくらい、綺麗だと思った。
 遠くの町へ行くバス停で、二人してバスが来るのを待った。
 彼女は今何を考えているのだろうか。ふと、彼はそんなことを考えた。彼女の横顔からうかがい知ることのできることは、怖いほどなかった。
 バスを待つ二人の間に、会話はない。
 
 

 バスに乗り込んで、窓の外に流れる景色をじっと見ていた。隣に座っていた彼女は、初めきょろきょろと辺りを見ていたが、そのうちバスの揺れに耐えきれず、こくりこくりと転寝を始めた。
 淡々と、バスの揺れが続いている。
 真昼間のバスに、乗客は彼ら二人だけだった。
 バスが揺れる。少年に寄り添うようにして、彼女は眠る。
 音のない午後。
 彼も彼女と同じように目を閉じたのに、眠気は一向にやってくる気配を見せなかった。
 バスが揺れる。
 彼女の隣で言葉にできない焦りを持て余しながら、彼は身動きすらできないでいる。
 バスはだんだんと町に近付いていた。



 続く→
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