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2009年3月16日より
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「そう、そんな遠いところから、ここまで・・・。何かもてなしてあげたいけど、今は本当に何もなくて」

 ごめんなさい、と逆に頭を下げられて、少年は狼狽した。

「そ、そんなこと。僕らはただの旅人ですし。もてなされるようなことは、本当に何も」

 そうだよ、お姉さん。とシルクが言っても、その女性はまだどこかすまなさそうな顔をしていた。

 女性が「汚いところだけど」といって少年と少女を迎え入れたその家は、やはり人が住んでいるだけあって、街のほかのどの建物とも違い、半壊していたり砂にうずもれていたり、ということはなかった。けれど、壁を穿った弾痕や、突き刺さったまま放置された槍や瓦礫が、そこで起こったことの悲惨さを如実に物語っていた。

「街の人たちは?」
 
 と少年が尋ねると、女性の表情に影が差した。

「亡くなったわ」

 女性が答える。

「半分以上の人が戦争で亡くなった。残りの人たちはみんな、戦争が終わってから、世界のあちこちに散っていったの」

 淡々と、女性は歴史の教科書を音読するような口調でそう語った。そこには怒りも、悲しみも何もなく、女性の顔からも一切の生きた感情が、この深い絶望の中で剥離してしまったかのように、少年には見えた。

「じゃあ、この街に残っている人は、もうお姉さん一人だけなの?」

「ええ、そうね。この場所はもう、街だなんて原形もとどめていないけど」

 そういって、女性は薄く笑った。悲しみなんてもうとっくに一周して、それでもどうすればよいのかわからなくて、とりあえず笑った。そんな笑い方だった。

「ひとつ、聞いてもいいですか?」

 少年が問うと、女性はこくりと頷いた。

「どうして・・・、どうしてこの街を出よう、と思わなかったのですか?ほかの人はみな街を捨てて出て行ったのに、あなただけは残った」
 
 どうして、と残酷にも聞こえる問いをぶつけて、少年は女性の答えを待った。女性はすぐには答えなかった。窓の外には、灰色の風景が広がっていた。
 
 この街が死んで、一番苦しいのは私だと思う。女性は窓の外をぼんやりと見つめながら、そう呟いた。もしかしたら彼女はまだ活気に満ちていたころの街並みを、在りし日の情景を、今見える窓の景色に重ね合わせてみているのかもしれない、と少年は思った。それは、あまりにも悲しい想像だった。

「この街は、もう滅びるほかに道はないし、今のこの世の中だもの、どこで暮らしても大差ない、って思ったらね、この街と一緒に滅びるのも悪くないかな、ってね。これは、人間の犯した唯一最大の過ちだから、誰かが見ていないとダメだと思って、それで・・・。
 でも、そんなことは理由になんかならないわね。ただね、ここにいたいのよ。ただ、それだけ」

 女性は続ける。

「時々ね、夢を見るの。明け方まで寝付けなくて、ようやくうとうとし出した時なんかにね。子供たちが窓の外を走り回っていて、遊び騒ぐ声が聞こえて、私は家を出る。皆がいるのよ。父も母も、お隣さん家のおばさんも魚屋のおじさんも、毎朝声をかけてくれるおじいさんもおばあさんも、皆。笑っているから、いつもみたいに」

 夢だったんだ。あっちのほうこそが悪夢だったのだ。喜びのあまり涙が出た。行く筋も行く筋も流れ落ちた。

 夢から覚めると、いつも現実のふちに叩き落されたような気がして、立ち上がれなくなる。

「でも、それでもちゃんと聞こえるのよ。子供たちの声が、窓の向こうから。窓の向こうに広がっているのは、どこまで言っても灰色な、現実の光景に違いないのに」

 そんなときには、もう涙もでないのだ、と女性は言った。ただ涙も彼果てて、音もなく地面に崩れ落ちる。

 それでも、ここを離れたいとは思わなかった。ただこの苦しみを背負って生きてやろう、とそう思った。

「わかんない、私」

 話が終わり、女性に一晩だけ借りた部屋の粗末なベッドに腰掛けた少年に、シルクは言った。

「そんなに辛くて苦しいのに、どうしてあの人はこの場所で暮らせるんだろう」

「そんなの、僕にもわかんないけどさ」

 少年はばたん、とベッドの上に仰向けになった。女性の小さな背中がまぶたの裏に蘇った。彼女の全身には、この五年余りの月日で身に着けたのであろう圧倒的な孤独とはかなさが、今にも消え入りそうなのに決して消えない刻印のように、残されていた。

「多分、街の記憶が消えるのを、あの人は恐れているんだよ」

 結局人は記憶の中でしか生きられない。だから、彼女はきっと恐れているのだ。一度失われたこの場所が、本当の意味で消えて無くなってしまうのを。何度も同じ光景を頭の中に刻んでは、その記憶が薄れないように、彼女は自分の心を痛みつける。そうやって、あの女性は、この街を守ってきたのだ、と少年は思う。

-まだここにいるの。ちゃんと気配を感じるから。消えてなくなってなんて、いないから。

 染み付いた記憶が消えないのだ。もうずっと血を流し続ける傷跡が、鮮血が、彼女を眠らせてくれないのだ。

 この街で昔、戦争があった。人が死んだ。

 いくら拭っても逆に広がるばかりの血痕が、消えない傷が、今もここに残る人を苦しめている。

 シルクは一人になりたくなって、少年には何も言わずに部屋を出た。

 薄暗い廊下の窓からは、日が暮れて、闇にしずんだ街並みが見えた。静かだった。

 五年間。こんなにも静かで、さびしいところに、五年間だ。しかも、それはただの五年間なんかではなく、寂寥と愁嘆と孤独と戦いながらの五年間で、しかもそれはきっとこの先もずっと続くのだ。

 彼女の心の中を開いてそこに手を浸したら、いったいどんな色に染まるのだろう。

 街を見下ろすシルクの髪を、ちょうど吹いた夜風がさらさらと揺らした。

 彼女は今のこの街を、いったいどんな風に思い、いったいどんな風に眺めるのだろうか、とシルクは思った。



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