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2009年3月16日より
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 徐々に高度を上げていく観覧車の中で、ミキが子どもみたいな歓声を上げた。修治はミキの向かいに腰掛けて、夜の中で段々と小さくなっていく町や人を見下ろしていた。

「すごいよ、修治。町がおもちゃの模型みたいに小さい」

 そう言ってご機嫌のミキに、まるで子どもだ、と呟くと、ミキは「子どもで良いもん」と唇を尖らせた。

「私たち、まだ子どもの延長線上にいるようなものでしょう?」

 と言ったミキの言葉にそうかもしれないと頷きを返した。モラトリアムの時期はもういい加減に飽きたが、時々自分がもっと子どもだったときのことを思い出して、無性に懐かしいようなやりきれない感情を抱いたりする。自分にとっての今は、そういう時期だと修治は思った。

 あるいは、ミキにとってもそうなのかもしれない、とも思う。かつて、同じ時間をともにした友が、今いったいどのような感慨をあの頃に対して抱いているのかはわからないけれど。

「修治、こっちおいでよ。並んで座ろう」

「バランスが悪くなるだろ」

 修治は笑ってそう返したが、ミキは真剣な表情で、「いいから」と言った。抗うことをできなくさせる、あの声と表情だ。 言われた通りにミキの隣に腰掛けると、ミキはにんまりと満足げな笑顔を見せて、「よくできました」と言って修治と向き合った。

「ねえ、これだけ町の灯りが綺麗なんだから、少しくらいならお願い事も叶うかな?」

 そう言った時のミキの言葉を、そんなこと、と言って笑ってしまおうかとも思ったが、夜の町の灯を見つめるミキの顔があまりに真剣でとてもそんなことは出来ない、と思った。

「ミキなら、いったいどんなことを願うのさ?」

 代わりにそうに尋ねた修治に、ミキはなかなか答えなかった。しばらく外の景色を眺めた後に、「私がお願いしたいことは、ひとつだけだよ」と呟いた。

 その呟きが修治にはあまりにか細く儚げに聞こえ、まるでミキが今すぐにでも
この夜の光の中に消えてしまいそうに思えた。一瞬修治は言葉を失い、変な沈黙が二人を包んだ。

「ねぇ…」

 そう声をかけてから、ミキは修治に向き直った。

「告白、してもいい?」

「告白?」

「そう、私はあなたのことが大好きです、ってやつ」

 口調は冗談めいていたが、ミキの目は笑っていなかった。釣られて吸い込まれてしまいそうだ、と修治は思った。

「私、今井ミキは・・・」

「駄目だよ」

 ミキの言葉を、修治は遮った。ミキはハッとなって顔を上げた。

「何でよ…」

 彼女の顔は、見られなかった。

「最後まで言わしてくれたって、いいじゃんか」

 修治は黙って、首を横に振った。

「駄目だよ。・・・今まで積み上げてきたものとか、全部駄目になるような気がするから」

「そんなの、わかんないじゃんか」

 ミキが言う。今にも泣き出してしまいそうな声だと思う。それでも、修治には静かに首を振ることしかできなかった。

「・・・ずっと、変わんないね。修治は」

「・・・よく言われる」

 ミキはふっと小さく笑ってから、ポツリ一言呟いた。

「変わろうとしたら、駄目なのかな」

 今のままじゃいけないって思っただけなのに、とミキは言った。そんなことはない、と言ったけれども、ミキは表情を曖昧にしただけだった。そんなミキに、修治がかけることのできる言葉は、何一つなかった。

「すぐに忘れるから。すぐにいい思い出にできるから、だから・・・」

 もういいじゃないか。そう言うと、ミキは酷いね、と呟いた。

「明日、十時の電車で行きます。最後くらい、見送りにきてよ。絶対だからね」

 そんな風にミキが言って、それがミキの精一杯みたいだ、と修司には思えた。




「ホントはわかってるんだ」

 と、ミキは言う。

「修司はぶっきらぼうだけど、誰よりも優しくていい人だって」

 だから、君とつきあうことのできる女の子は幸せで、その子のことが、私には少し妬ましいのだ、と。

 修司答えない。黙り込んでしまった二人を乗せて、ただ観覧車だけがくるくると回り続けていた。





 永遠のように思えてたのはやはりただの錯覚だった。「修治」と呼びかけるミキの声で顔をあげた時、切ないほど正確に時が刻まれていたのを修治は知った。アナウンスの声がして、列車がホームに滑り込んでくるまで二人の間に会話はなく、修治はただ、電車を待つ彼女の横顔を、じっと見ていた。

 網膜の裏に焼き付けて、もう二度忘れることはないだろう、とそう思う。

 それくらい、きれいな横顔だった。

「修治、あたしもう行くよ」
 
 じゃあ、元気でね、とミキはそう言って、ちょうど開いた電車の扉をくぐろうと修治に背を向けた。

 こうやってまた、見ているだけで終わるのか、と修治は思った。自分は物語の舞台に立つことはできないのだ、ということも。だからこそミキの輝きを、修治はうらやましいと思うのだ。

「ミキ」

 修治がそう声をかけると、ミキは振り返った。どうしたの、と不思議そうな顔をしていた。

「あのさ、その、・・・ありがとな」

 俺は、見送ることしかできない、と修治は思った。物語の主人公はあくまでミキなのだから、と。

 だから、ただありがとうとミキに伝えた。彼女の門出を、ちゃんと笑顔で見送れるように。

 修治の言葉にミキは笑った。満面の、花の咲いたような笑顔だった。

「わたしも、いままでありがとう。修治」

 ミキの言葉を、出発を知らせる警笛の音が掻き消して、二人の間をすっと閉じた扉が隔てた。電車がゆっくりと走り出して、手を振るミキとの間に距離を作った。

 でも、絶対に追いかけない、と修治は思った。俺は、主人公にはならないのだ、と。だから馬鹿みたいにここで突っ立って、あの電車か小さくなって見えなくなるまでの一瞬を、ただずっと見届けてやろう、とそう決めた。

 修治が睨みつけるその先で、ミキを乗せた電車がぐにゃりと揺れた。駄目だと思った。涙なんて、いらないのに。悲しくなんかないというのに、どうして止まらないのだろう。泣くつもりなど、なかったというのに。

 どうしても涙は止まらずに、修治は微妙に塗れた視界の中で、ミキを乗せた列車が見えなくなるのを、いつまでもいつまでも見つめていた。



 そうやって、修治は一番大切だった女の子が、遠くに旅立ってしまうのを見送ったのだった。


 おしまい
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