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2009年3月16日より
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  第一章 街
 

 

 

  とりあえず北へ、というあいまいな目標を元に、少年と少女はぱさぱさに乾いた大地の上を、さびた線路をたどりながら、もう二時間以上も歩き続けていた。少し後ろを歩く少女は暑さのためかいつもより不機嫌そうな表情を顔に貼り付けて、

「ハルト、ハルトってば」

  と、少年を呼んだ。何だよ、とでも言いたそうに少年が少女を振り返ると、「さっきから呼んでるのに、耳聞こえなくなったの?」と少女は唇を尖らした。

「しょうがないだろ、暑いんだから」

  少年は、だるそうに声を出した。

「暑いのは私も一緒だよ」

  少女はあきれたようにため息を吐く。

「ねぇ、まだ着かないの、次の街」

「うーん。まだ、もうちょっと」

「その言葉、二時間前も聞いたんだけど」

「じゃあ、その分確実に近づいてるよ」

「絶対嘘だね。きっと道に迷ったんだよ。ハルト、方向音痴だし」

「シルクよりはましだろ。地図も読めないくせに」

「だぁー、何よ!ハルトの馬鹿、私だって地図ぐらい読めるもん」

「はいはい、わかったわかった」

  少年がシルクを軽くあしらうと、彼女は「ううっ」と恨みがましい目で少年を見上げた。ちょっとからかいすぎたかな、と少年は思う。一度シルクがへそを曲げると、二・三日は顔もあわせてくれなくなる。

「ほら」

  といって少年はポケットから双眼鏡を取り出して、シルクに渡した。シルクはそれを受け取るとしばらく手のひらの上で転がして、「もう」と一言文句を言って覗き込んだ。

  大陸を縦に分断しているさびた線路は、五十年前の戦争のときに兵士や死体を大量に運ぶために敷かれたものだが、今となってはあちこちがたが来て、その上あろうことかいたるところで途切れ、グネグネと複雑な模様を描き、とてもじゃないが列車が走れるような状態ではない。公共の交通機関もあらかた麻痺してしまっていて、次の街まではどうやら歩きになりそうだと、少年がシルクに伝えたとき、彼女はものすごい形相で少年のことをにらみつけた。

「ハルト、ハルト。街が見える」

  双眼鏡を覗き込んでいたシルクが「あ」と叫び、「ほら、あっち」と指をさした。シルクから双眼鏡を受け取り少年が覗き込むと、確かに彼女の指した方向に町と思しき小さな建物の群れが見えた。

「あれ、おかしいなぁ」

「何がよ」

「だってさ、あんなところに街なんか無いし」

「はあぁ?」

  何それ、とシルクはつぶやいた。

「次の街はこっちじゃなかったの?」

「それはそうだけどさ、まだ着かないんだよ。遠いんだから」

  とぶつくさ言いながら、少年はリュックの中から地図を出して、足元に広げた。

「今歩いてるのは、たぶんこの辺で、次の街はここ」

 少年は現在地と目的地をとんとんと指でたたいて、ぐいっと一本の線で結んだ。

「うっわー」

 とシルクが脱力したようにへたり込んだ。自分たちがまだ全工程の四分の一ほどしか進んでいないことがわかったからだ。

「うー、遠いよ」

「うん。だから頑張って歩いてね」

 少年はなんとも涼しい顔でそう言って、シルクは今日何度目かになるため息を吐いた。ひょっとして、ぶっ倒れるまで歩けとか、そんなことを言うつもりなのだろうか、とシルクは少し不安になったが、そうなったらなったで、もしかすると少年が負ぶってくれるかも、とか思わなくも無い。それはそれで、なんだか愉快な想像であった。

「それにしても、何なんだろう、あの街」

 少年はまだ双眼鏡を覗き込んで、首をかしげていた。

「別にいいじゃん。そんなの。向こうに着けばわかるでしょ」

「・・・うん。まーね」

「なによ、歯切れ悪いなぁ。早く行こう、こんなとこにいつまでもいたら、乾涸びちゃう」

 シルクはそういうと、あたふたと地図をリュックの中にしまう少年をせかして、今度は自分が前に立って歩き出した。




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