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2009年3月16日より
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 街から出る電車に乗り込むと、少しずつ速さを増す車内の窓からいくつも駅が後方へと流れていくのがぼんやりと見えた。
 電車が少しずつ街から離れるにつれ、眼前に広がっていたビルの群れも姿を消した。その代わりに人家もまばらな田園風景が広がり始める。
 彼女は窓の手すりにもたれかかって、ただひたすら遠くを見ている。
 その真剣な横顔に、しばらくの間、出すべき言葉が見つからなかった。
 車内には、低く夕日の赤が差し込んでいる。
 二人の影が薄く流れて、行ったりきたりを繰り返した。
 手を伸ばして、窓に触れて。
 空を見ながら彼女が行った「気の遠くなるくらい長い間、すっと燃え続けていたんだね」という独白に、彼はただ黙って頷いていた。
 電車は、単調なリズムを刻んだまま、走り続ける。

 

 やっぱり駄目だった、と彼女に言うと「私も」という力のない苦笑が返ってきた。何か困ったような途方にくれたような、そんな目と表情をして、彼女は、
「何か、肉体的には大丈夫だけど、精神的に駄目だ」
 というようなことをポツリと告げた。
 屋上から見下ろしていた、街の景色。
 遠くの学校の校舎や遊具が、何かおもちゃの模型のようにちっぽけに映る。
 同じように街を見ていた彼女が、ふとこちらを見て「仕方ないよ」とつぶやいた。
 諦観。彼女は今にも消えてしまいそうな笑顔を、浮かべていた。
 自分も、同じような表情を浮かべているのだろうか、と彼は思う。
 少しずつ、街は夜の光の中に、沈み始めている。
 彼女はまた、遠くの街へと視線を戻した。

 そのしばらく後に彼女の言った「でもなんでなんだろう」という呟きに、彼はただ言葉なく首を振っただけだった。




 いくつもいくつも電車を乗り継いだ。
 二人が目的の駅に着く頃には、辺りはすっかり夜の闇に包まれていた。
 無人駅にはただ改札機が一つあるだけで、切符を飲み込んだときに発された「ありがとうございました」という声が妙に白々しく響いた気がした。
 駅を去るとき、どうしてか彼女が立ち止まった。
 後ろを振り返って、じっと虚空を見つめている。
 どうかしたのか、と彼が尋ねると、彼女は何も言わずに首を振った。
 彼女の横顔に浮かんでいたものは、何か決意のようなものだったのかもしれない。
 行こう、と言った彼女のどこかきっぱりとした声を聞いて、そんなことを彼は思う。
 夜の道をずっと辿って、海を目指した。
 近くに人家は殆ど見あたらず、時々場違いに置いてある自動販売機が、 物悲しそうにジジジと鳴いた。
 静かだ、と彼は思う。 波の音が、近づいている。



 視界が開けると海が見えた。
 本やテレビの中で見たあの海が、黒い闇を伴って、二人の眼前でのたうっている。
「すごい」
 彼女が呟く。
 靴を脱いで、打ち寄せる波に足を浸した。
「海だ。すごいね」
 彼女は静かに、微笑んでいた。
 寄せては引く波が、足に冷たい。



「何か、わかった?」
 彼の問いに、彼女は少し首を傾けて、それから、「ごめん、わかんない」と言って、首を振った。
 これまでに一体どれだけの人々が、彼女と同じことを考えたのだろうか、と彼は思う。
 その問いにはきっと、答えなど無いのだ。
 海を離れる彼女に倣って、波の届かないところまで歩いた。
 彼女は体育座りで、海を見ている。
 その眼に、この真っ暗な海はどう映るのだろう。
 ふと、そんなことを考えた。
「どうしてなんだろう」
 彼女が呟く。
 答えを求めているような、そんな口調ではなく、ただ純粋な「疑問」だった。
 波音が聞こえる。
 夜の海だ。
 貝殻を耳に押し付けたときの、あの音だ。
「どうして私たちは、二人で一つ、なんだろう」
 さっきと同じ、体育座りで海を見つめたままの姿勢で、彼女は言った。
 わからない、と思って首を振った。
 でも、そういう風にできているのだ、という強固な信念だけが、彼にはあった。
 海を眺める。
 寄せては返す波の音に、潮の匂いが入り混じっている。
「でもきっと、これって当然のことなのかもしれない」
 彼は、彼女のほうを見た。
 初めて言葉を話す赤ちゃんのように、たどたどしい言葉になった。
「ずっと昔に、僕たちは、こういう風に生きることを、選んだんだ」
 彼女は彼を見て「そうかもね」と静かに頷く。
 二人の間にそれ以上の会話はなく、ただ、波の音だけが、響いていた。

 あの時、三日ぶりにあった彼女の言った「どうして私たちは離れることができないんだろう」という言葉が、頭の中でぐるぐると回っている。
 その表現は、どうしようもないくらいに、言いえて妙だ、と彼は思う。
 海を去る時に、「あ、わかった」と彼女が言った。
 どうした、と彼が尋ねると、彼女は嬉しそうな表情で「あの海の音」と彼に言った。

「あの音がきっと、私たちが生まれる前にいた世界の、音なんだよ」

 その声と表情が、今まででいちばん輝いて見える、と彼は思った。 

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