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2009年3月16日より
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  五十年前の戦争は人類始まって以来最凶最悪の宗教戦争だったといわれている。何しろ五十年も前の話だから、少年にも知り得ないことが多々あるのだけれども、とにかくどこかのいかれた教父が聖地回復だのなんだのといって他国への侵略と神の名のもとの殺戮を繰り返し、それがいつしか、世界戦争へと発展した。ご都合主義の仲良し同盟に、敵国の鼻先に兵器をぶら下げて恐喝も同然の交渉を敢行し続ける国家然り、積年の恨みをこの機会に晴らそうと虎視眈々隣国の隙をうかがう国家然り。そうやって、兵器と火薬と狂気に満ちた世界が、再びその美しい姿を見せることは二度と無かった。ことの原因となった教父だって、えらいことになった、と布団の中でがたがたふるえているうちに、今になって地獄を見たにちがいない、と少年はそう思っている。

 それが、五十年前の戦争だった。






 最後の坂を上りきって見えた光景に、シルクは一瞬言葉をなくした。

「な、何、これ?」

 眼下に広がる街並みは、シルクの想像を簡単にぶち抜いてしまうものだった。崩れかけた建物に、朽ち果てた街灯。眼前に広がる灰色の街に、思わずシルクは少年のシャツのすそをくいくいと引っ張っていた。

「ハルト、これ何、どうなってんの?」

「・・・わからない、けど」

 少年は、なんとも歯切れが悪い。シルクは少しいらいらしながら、再び歩き始めた少年の後を追った。

「けど、何よ?」

「・・・多分、ここに住んでいる人は、きっともう、いないと思う」

 少年が言い。シルクは思わず立ち止まって、改めてその街並みを見下ろしてみた。

 これが、戦争、というものなのかもしれない、とシルクは思う。

   この、荒れて砂埃にまみれた廃墟も同然の街並みこそが、戦争なのだ、と。

 先の戦争に一応の決着が見えたのは、今からまだほんの数年前のことだった。至る所で締結された条約は、傍目にはなんとも崇高な世界平和の礎になりそうに見えたが、なんてことはない、ただ資源も人材も使い果たして、これ以上の戦争継続が困難になったからだった。それまでに、いくつもの町が破壊された。征服された町は復興することも無く、徐々に寂れて、やがて地図の上から名前を消した。

 そんな風に、シルクは少年から聞かされている。

 いくつもの犠牲と、遅すぎた、仮初の平和。

 この街はきっと、そんな世界のほんの一端に過ぎないのだ、とシルクは思う。

 少年は廃墟と化した街をずんずんと進み、ちょうど目に付いた建物の扉を、無理やりに開けた。その建物は、右半分がもうほとんど砂に覆われていて、まだかろうじて残っている左半分も、ガラス窓は割れ、壁は修復不能なまでにえぐられている。街を見渡すとここと似たような光景がそこかしこに広がっていて、それがなんとも悲惨だった。

「おじゃましまーす」

 ぎりぎりいう扉を押して、少年はその建物の中に足を踏み入れた。少女がその後に続く。

「うわっ、ひどい」

 転んだだけで埃まみれになりそうなその建物の状況にシルクは思わず顔をしかめた。かつて商店か何かに使われていたのだろう、そこにはひびの入ったガラスケースが幾つか並び、丸テーブルと思しき残骸が無残に床の上に転がっていた。

 壁にはいくつかの弾痕が残り、ここで戦闘が行われたということを、如実に物語っている。

 いや、それはもう、戦闘と言うことすらもできない、ただ圧倒的な虐殺だったのかもしれない、ともシルクは思った。

 少年はしばらくきょろきょろとその建物の中を見渡していたが、

「出ようか」

 とシルクに向かってそういった。シルクはこくりと頷いた。

 これが戦争なのか、とシルクは思う。

 街は、かつてそこに人がいたという考えを拒むかのような荒れようだった。破壊の限りを尽くされた人家には、人影はおろか、まったくどんな気配も見つけることができなかった。

 これが戦争なのだ、とシルクは思う。

 ここで、この場所で、人が人を殺し、殺されたのだ。

 そして、後に残るのはどこまでも続く、灰色の世界。

「私、戦争って嫌いだ」

 気づけばシルクはそんなことをつぶやいていた。

「僕だって、戦争なんて好きじゃないよ」

  少年はシルクのつぶやきに言葉を返した。シルクは少年の顔をふと見上げ、その真剣な瞳にドキリとなった。いま、少年の目に、この寂れた街の景色は、いったいどんな風に映るのだろう、となぜかそんなことが頭に浮かんだ。
 
  相変わらず街のど真ん中を走る線路に沿って、少年は再び歩き出した。シルクは彼の後を追いながら、うつむいて歩いた。体の奥がきりきりと痛むような気がして、たまらなかった。

「あっ・・・」

 突然少年が歩みを止めた。シルクは少年の背中にどんとぶつかった。

「イタッ・・・、何?」

「あれ・・・」

 少年は、斜め前方の、あいまいになった町の境界の、その更に先を指差していた。

「あっ」

 シルクは足が凍りついたような気がした。自分も、少年と同じような顔をしていたと思う。驚きで言葉を失ったのは一瞬だったけれど、その後もなくした言葉はなかなか戻ってこなかった。

「行ってみる?」

「・・・うん」

 少年が問い、シルクが答える。

 少年はそこに向かって、歩を進めた。

 いまさら見てみぬ振りなどできない、と思った。

 見なかったことにして、そのまま通り過ぎることができたなら、どれだけ楽だったろう、と少年は思う。

 それは、等身大の現実だった。

「これが、戦争、なんだ・・・」

  シルクが呟く。少年は、何も言わない。何も語らない。シルクはしゃがみこんで、ひざを抱えた。ここで、たくさんの人たちが死んだのか、そう思ったら、どうしてだろう立っているのが困難なくらい、胸が痛んだ。文字通り、締め付けるようにずきりと軋んだ。

  二人の眼前に広がっているのは、夥しい数の墓標だった。

  何かの呪詛のように、粗末な木片で作られたそれが幾本も幾本も、灰色の地面に突き刺さっている。

「きっと、この人たちにも、両親がいて、兄弟がいて、大切な人がいたんだと思う」

  そのすべてを、戦争は、なんとも暴力的に奪い去っていったのだ、と少年は呟く。
 
  そうしてもまったく何も感じることがないくらい、心も完全に麻痺させてしまうのが、戦争なのだ、と彼は語る。
 
  殺さなければ、殺される。

  なんてくだらないのだろう。なんて馬鹿馬鹿しいのだろう。どうしてたったそれだけの理由で、人が人を殺せるのだろうか。

  戦争は狂気なのだ、とシルクは思う。

「あっ」

  そのとき、少年が声を上げた、シルクはふと我に返った。少年はいつの間にか後ろを向いていた。シルクが振り返ったのとほぼ同時に、声がきこえた。

「誰なの?」

  人がいた、とシルクは思う。思いがけず、若い女性だった。



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